ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

自殺する霊(前)

医者をしている親戚から聞いた話。この人の名前を仮にK兄としておく。

K兄は現在東京の郊外にある総合病院に勤めていて、K兄が医者になった理由というのがまた風変りだった。

何でも、病院の屋上でそよ風に吹かれながら一人のんびりとお弁当を食べたかったのだそうだ。しかもただのビルとかではだめで、あくまで病院が良かったらしい。

しかし実際はそんなのドラマや漫画の中だけの世界で、現実にはそもそも普段から屋上が解放されているということ自体がファンタジーらしい。

K兄の病院もまた、屋上へと繋がる扉には厳重に鍵がかけられているそうだ。研修医(もしくは実習?)期間に早速忍び込んでみたものの、見事に撃沈したのだとK兄は愉快そうに話してくれた。

K兄がおかしなものと出会ったのは、まさにその時だった。

「なーんだ、開いてないじゃん」とK兄が独り言を言ったかどうかは分からないが、屋上に行けないのなら俺がここにいる意味は無いなあ、と足早に階段を駆け降りていたところ、下から看護師らしき女性がゆっくりと手すりに摑まりながら上って来たという。

あら、もしかしてこの人も屋上に用があったのかな、とK兄は立ち止まって声をかけようとしたが、女性から漂う只ならぬ雰囲気にさすがのK兄もついストップがかかってしまった。これはやばい、と本能的に感じたという。

女性は見た目からしてまともな看護師には見えなかった。長い黒髪は四方八方ぼさぼさに広がっていて、少し風が吹けば地面に跪きそうなほど動きが弱弱しい。俯いた顔からは何か透明な液体が垂れているが、それが涙か唾液かは分からない。しかしその糸の引き具合からおそらく唾液なのだろうとK兄は思った。

女性は何やらぶつぶつ呟いていた。どうして、とか言っていただろうか。薬がどうとかも言っていたような気がする。

しかし、それが一体何を伝えているのかはK兄には分からなかった。何かの宗教だろうか、それなら極力触れない方がいい、とその場から立ち去ろうとしたところ、女性はいきなり顔を上げ、K兄の方をのっそりと虚ろに見つめた。

お注射打ちますね

女性の口から出された抑揚のない平坦な声に、何よりその内容に、K兄は危うく叫びだしそうになった。逃げるべきか、立ち向かうべきか、いろんな選択肢がK兄の脳内を巡って、やっとのことで「自分で打てます」とだけ怒鳴りつけ、転がるようにして階段を駆け下りたそうだ。

 

「その人生きてるの」と私が聞くと、「待て待て、その話はこれから」とK兄は大きく頭を振る。

後日、K兄はその病院で長く勤める医師に階段での出来事を話した。何でそんなところに行ったんだ、という疑問は曖昧に受け流しつつ、K兄は例の看護師の話を聞き出した。

結論から言うと、その看護師は生きた人間ではない。K兄が会ったのは霊の類のものだったのだ。

何年か前に、ある女性が屋上で首を吊って亡くなった。その頃も屋上には今と同じように鍵がかかっていたものの、何らかの道具を使って扉を少しずつこじ開けた跡があったのだという。

「七不思議って、あるでしょ」

ベテラン医師は何でもないような顔で話す。

「ここにもね、あるんだよ。七つじゃなくて五つなんだけど」

曰く、屋上へ続く階段に現れる女性看護師の霊は通称「自殺する霊」として、病院五不思議の一つとして猛威を振るっているというのだ。女性が屋上で死んで以来、変わり果てた姿で階段を這い上る女性の霊を目撃する人が稀に現れるが、そいつは決まって階段と屋上を徘徊するだけだから、今のところ特に目立った問題はない。

まあ……、ベテラン医師はやれやれと首を振った。

ため息とも嘲笑ともとれる微妙な息遣いだった。

「その人別に看護師とかじゃなかったんだけどね」

はあ。と若干疑問形になりながらも、K兄は頷いた。納得したというより、これ以上聞いたところで自分には理解できないと悟ったのだ。

「病院で死を演出しないでほしいよね」と最後に医者は言った。