ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

海のお姉さん(後)

おねえさんが作ったという砂のお城は、それは見事なものだった。

外壁は何か固いヘラで整えたかのように滑らかで、所々にホグワーツを彷彿とさせる鋭く尖った屋根が見えている。

「俺はこっちでお山作るから」K兄はせっせと砂をかき集めていく。

「ロミちゃんそこの貝殻とってくれる?」

私はおねえさんに言われるまま、足元に落ちていた大ぶりの貝殻を手渡した。そしてその貝殻を使って、おねえさんは器用に外装を整えていく。

「すごーい、どうやるの?」おねえさんが何者かよりもとにかくお城の方に興味がある私は、今では考えられないほど無邪気に訊ねていたという。本物の馬鹿かと思ったと毒を吐くK兄だが、幼稚園児なら大方そんなものではないか。K兄自身はこの時、人ならざる者にいつ取って食われるかと怖くてたまらなかったらしいが、実際はそんな素振りを全く見せないまませっせとお山を作っていた。

「ロミ、トンネル掘る?」

しばらくたって、大人の膝くらいはありそうな大ぶりの山を完成させたK兄は、すっと立ち上がり私に山のトンネルを掘る権利を譲渡してくれた。

それに大喜びした私は、ホグワーツを放り出してトンネル工事に勤しみ始めた。

「それ掘ったら帰ろうなー」と、K兄にしては早い帰宅宣告を告げられ、不貞腐れながらも私はトンネルを掘り進めた。すると、おねえさんも「私もこっち側からやっていい?」と私が掘る向こう側に回り込んだ。

K兄が作ったお山は本当に大きくて、なかなかトンネルは開通しなかった。ただ簡単に崩れないように固めて作ってあるため、途中で崩壊の心配はなさそうだった。

思ったよりすぐ、すかっと砂が薄くなる感覚が手をかすめた。肘までずっぽりと埋まるような深いトンネルの真ん中で、ふと冷たい何かが私の手を握った。

それはおねえさんの手以外にあり得なかった。

冷たい、といっても氷のように冷たいとかそういうのではなく、水に長い間浸かっていたから冷えた、というようなしっとりとした冷たさだった。

このまま真実の口のみたいに放してくれなかったらどうしよう、と思ったのもつかの間、意外にもあっさりとおねえさんは私の手を放してくれた。

そして、「完成したね」とおねえさんは笑いかけてくれたのだ。

ロミ、と私を呼ぶK兄を見上げると、その手にはUちゃんの日傘が握られていた。

それをK兄は無言でおねえさんに渡すと、おねえさんは砂のついた手で何も言わず受け取った。

「ロミ、帰るよ」

K兄は私の手をとると、挨拶も無しにおねえさんに背を向け、堤防の方へと歩き出した。来た時と同じように私を抱えて堤防の上に乗せ、K兄は自分も堤防を乗り越えた後、ふと確かめるように海の方を振り向いた。私もつられてK兄の視線の先を見ると、砂浜におねえさんの姿は無かった。けれど、それよりさらに向こうの明らかな海上に、先程K兄が渡した日傘をさす人影が見えた。人影と日傘は、だんだん小さくなっていった。

 

祖母の家に戻ると、中からおなじみの生野菜や主にトウモロコシの匂いが鼻の奥をかすめた。「また焼肉かぁ」と砂浜から立ち去った時以来、K兄は久しぶりに声を発したような気がした。家までの道中、私たちは不思議と会話をしなかった。

大人数が集まれるお座敷に入ると、みんなに遅いと文句を言われながら私たちは開いている場所に座った。

Uちゃんが「K、私の日傘は?」とK兄に尋ね、K兄が口ごもると「もしかして置いて帰って来たの?信じらんない!」と絶叫する。

「今度買って返すからさぁ」とK兄が手を合わせるも、「すぐお金と物で解決しようとするこの人は」と逆に機嫌を損ねてしまう。

そしてこの時のやり取りを最近になってK兄に話すと、K兄は「世の中大抵はお金と物で解決できるんだから仕方ないよー」と、その薄っぺらい態度こそがUちゃんが目くじらをたてる原因なのではと思うが、それも一理あると思わないこともないので私からは何も言えない。

海のお姉さん(前)

私がまだ幼稚園の頃、夏休みの最中田舎にある母方の祖母の家で過ごしていた時に起こった話。その時は、例の親戚のお兄さん(今はともかく当時は本当にお兄さん)であるK兄が東京から遊びに来ていて、昼食後私を連れて近所の海へと連れて行ってくれていた。

まだ小さかった私の手を握って歩いてくれるのはいいのだが、何故だかK兄の姉であるUちゃんの白いフリルのついた日傘をさしながら歩くものだから、道行く人たちの微笑ましい視線を浴びる私は少しだけ恥ずかしかったのを覚えている。

 

海のすぐそばには小さな公園がある。ブランコと、鉄棒と、あとはタイヤの遊具なんかがあったと思う。あとはタツノオトシゴみたいな見た目をしたシーソーもあった。

近くに子供が少ないこともあって、この公園で誰か別の人間と八合うことはまずなかった。

K兄はブランコに乗った私の背中を押し、大声で「アルプスの少女ハイジ」を歌うのだ。ひとしきり歌って満足した後は、一人でハイジの物まねを始めてしまう。それが絶妙に上手くて面白かった私は、ブランコで風をきりながら大笑いしたものだった。

 

子供の帰りを促す田舎特有の放送が鳴った後も、私たちは祖母の家に帰らなかった。K兄は晩御飯にさえ間に合えばいつまで遊んでもいいというタイプだし、私はいざ叱られても大人のK兄に任せておけばいいと考えていた。

K兄は「せっかくだから海まで行こう」と誘って、私たちは道路から堤防を乗り越えて砂浜まで下りて行った。リゾート地とかでは全然ない普通の海なので、至る所にゴミや発泡スチロールの塊などが散乱していて決して綺麗だとは言えないのだが、それでも夕方にちょっと遊びに来る程度には丁度いい場所だった。

クロックスを履いていたK兄はさっさと海を目掛けて走って行ってしまうのだが、あいにく靴下に運動靴を履いていた私はしゃがみ込んだままもたもたと奮闘していた。

 

しかし、遠巻きに「早く来いよー」などと叫んでいたK兄の声が突然ふっと消え、不安になった私はちゃんとそこにK兄がいるか確かめるため顔を上げた。

 

K兄の隣には知らないおねえさんが立っていた。

 

私の視線に気づいたK兄が手を振る。ちょうど靴を脱ぎ終わった私は、一目散にK兄たちのもとへ急いだ。

不思議なことに、この時会ったおねえさんがどんな顔をしていたかとか、どんな服を着ていたか、今となっては全く覚えていない。

 

「あなたの娘さん?」澄んだか細い声でおねえさんは訊ねる。人の記憶は聴覚から徐々に失われていくというが、奇妙なことにその人の声だけはしっかりと覚えていた。

「従姉の子です」

K兄は私の頭に手を置きながら答える。

「あなた、この辺の人じゃないでしょう」

言い当てられたK兄は、少し驚いたような顔で「普段は東京に住んでるんです。今はたまたまこっちに」と言った。

 

ちなみにこの時のことを覚えているかと本人に聞くと、「もちろん覚えてる」そうだ。女性が苦手なものだからだいぶ緊張したことの他に、いきなり背後から現れて怖かった旨を力説していた。私たちが海に向かった時砂浜には誰もいなかったはずだから変だとは思ったけれど(おそらくはK兄もそう思ったのだろうけれど)、今更K兄の話に突っ込む必要もない。その日その時砂浜にお姉さんがいたのは事実なのだから。

 

続けてお姉さんは、「しかもあなたは人をよく知っている」と言った。

私は何のことかよく分からなかったが、K兄は「ちょっと医療的なものを……」と苦笑しつつ答えた。人を知るとはそういうことだったらしい。医者(この時はまだ学生?)だと言えばいいのに、と思ったがK兄はどうやら言いたくないらしい。

「お名前は?」

おねえさんは、今度は私に向かって訊ねる。

私の代わりにK兄は、「ロミちゃんだよな」と言い私の本名は教えなかった。

「向こうでお城作ってたのよ」

おねえさんが指さす先には、作りかけの立派な砂のお城があった。うわあ、と私が感嘆すると、「一緒につくる?」と誘ってくれる。

K兄は何か言いたげだったが、私はおねえさんに続いて海から砂浜に上がっていた。

 

ここで初めて、私は海から出したおねえさんの足が不安定に見えたり透けたりしていることに気づいた。

K神社(後)

かくれんぼの最中、私が神社の奥の茂みの中に隠れていると(元)クラスメイトのMちゃんが「ここ、一緒にいい?」とやって来た。

Mちゃんは同級生の中でもかなり顔が可愛い方の部類に入る女子で、その上勉強もできるらしく春からは私立中学に進むことが決まっているという話だ。

とはいえこれまで直接的な関わりは少なかったため、どうしてわざわざ私のところに?といった疑問はあったが、Mちゃんは「聞きたいことがあって」と唐突に話を切り出してきた。

「私、(トムの苗字)君のことが好きなんだけど」

思わず聞き流しそうになるくらい綺麗な告白に声を出しかけそうになりながら、「えっそうなんだ」と私は無難に返事をする。

「(トムの苗字)君って、(りっこの名前)ちゃんのこと好きかな?」

イムリーすぎる質問に何故か何の関係もない私が過剰に動揺してしまって、「うーん、どうだろうね……」といった全く気の利かない返事をしてしまう。

「でも、路美子ちゃん的にはどう思う?」

早く見つからないかなと思いながら、「好き……なんじゃないかなぁ」と率直な感想を伝える。Mちゃんがりっこの名前を出した時点で、大方Mちゃん自身も薄々勘づいているのでは、ということは想像がついたし、私の意見を求められている手前、ここで適当に答えるのも何か違うと思ったのだ。

「そっか」とMちゃんは答え、続けて「ごめん(ね?)」と言いかけた途端「いたー」と鬼のりっこの声が近づいてきた。

ロミとM見つけた、と跳びかかってくるりっこの横をMちゃんはすり抜け、その時の「ごめん」と思いつめた、気まずそうなMちゃんの顔に私はどこか違和感を覚えた。

対して、「珍しいじゃん、Mと仲良かったっけ?」と不思議そうなりっこは、まさか自分が話の中心になっていたとはきっと夢にも思っていない。

 

しばらくすると、皆が各々ゲームやらお喋りを始めるものだから、私は神社の外にあった自販機に飲み物を買いに一人走っていた。

どれにしようかと指先を宙に彷徨わせていると、背後から誰かが駆けてくる足音が聞こえた。ロミー、と呼びかける声はトムのものだった。

「あのさ、さっき俺変だったよね。ごめん」

口早に伝えて、何のことを言っているのかを私が理解したのかが分かると、「聞かなかったことにしといて、無駄だとは思うけど」と、本当にそれだけ言って私を置いてまたみんなのところに戻って行ってしまう。

やっぱり今日のトムは変だ、と自販機からミネラルウォーターを取り出しながらふと思った。

 

異変は私が皆のところに戻った時には既に始まっていた。ロミー、と緊張した様子の友人が私の手を引き、皆が集まっているところに視線を向けると同時に、辺り一帯に響き渡るくらいの金切り声が鼓膜を貫いた。不快な声というよりかは悲痛の叫びと表現した方がしっくりくるようなどこか悲しげな声で、一瞬、文字通り巨大な金属か何かが擦れ合っているかのようだった。しかし、群がる皆の中心にいるのは他でもないMちゃんだった。そして、Mちゃんは例のお堂に向かって縋りつくように両手を伸ばし、頻りに「だって」(?)やら「もう」(その他の言葉はよく聞き取れなかったため今でも分からない)などと怒鳴っている。

そして、我を忘れたように泣きだすMちゃんに困惑しつつも寄り添うのは、Mちゃんと仲の良い数人の女子やりっこだった。男子の間でも、「誰か人を呼んでこよう」と言い出す者があって、2、3人の男子が入り口の鳥居の方向に向かって駆け出した。

Mちゃんの様子はまるで憑りつかれたようだったが、私たちには成す術もなく、出来ることと言えば一刻も早く大人が来てくれるのを待つのみだった。

何もできない罪悪感に耐えかねたのか、前方の女子たちの間で「(トムの苗字)が何とかしろ」という意見がちらほら目立ってくるようになった。彼女らはMちゃんの好意をもちろん知っていたのだと思うし、だからこそその状況を面白がる下心もあったのだと思う。

男子らにもつつかれたトムは仕方なくMちゃんを慰めるために前に出て、「大丈夫?」と声をかけた。するとMちゃんは少し冷静さを取り戻したように、「あのね」と呟く。

「来て」Mちゃんがトムの手を引き指さすのはお堂だ。しかしこのお堂に出入り口なんてものは存在しないし、Mちゃんが一体トムに何を望んでいるのかは全く分からなかった。

それでも、「ねえ」とMちゃんはトムの手を離さず、トムが思わず顔をしかめるほどのものすごい力でお堂へ引っ張っていく。これは流石にまずいと私含めた数人が二人を引き剥がそうと試み、今度はMちゃんがその中で(距離が近かったこともあり)先陣を切ったりっこに跳びかかったところで、近所のおじさん二人を引き連れた男子たちが戻って来た。その後の騒動については、私はMちゃんやその取り巻きらとは少し距離をとっていたため詳しくは覚えていないが、皆でK神社を出て近くの休憩所で飲み物を飲んでいる場面だけは今でもしっかりと覚えている。神社を後にした途端、次第にMちゃんが正気を取り戻していったことも。

その後、Mちゃんは予定通り私立の中学に入学し、それ以来私はずっとMちゃんとは会っていない。ただ、以降も親交が続いている他の同級生の話では、Mちゃんは今でも元気にしているそうで、あの時のことは小学校から中学校に上がる節目と言う特別な春が招いたイタズラで、そうでなかったとしても全部K神社のせい、ということでちょっとしたネタとして今でも片付けられている。

K神社(前)

私が中学生の頃、部活の先輩たちや友人と一緒に近場のショッピングモールまで遊びに行ったことがある。住んでいる地域がそもそも田舎のため、休日に遊びに行くところと言えば映画館のある大型のショッピングモールや互いの家くらいしか選択肢が無かったのだ。

普通に昼食をとったり、ゲームセンターで遊んだりとしているうちに時計の針が夕方を示しかけて、塾の時間も迫っていた私は皆と別れて一人先に帰ることにした。

塾の休み時間にふとスマホを開くと、先輩からラインが届いていた。

 

ロミーちゃんが帰った後、皆で(私や先輩が通っていた)小学校の近くのK神社で写真を撮ろうと思ったら、こんなものが撮れちゃった。ロミーちゃんこういうの好きそうだから送るね。大事にしてね!

 

と、こんな感じの文面と一緒に一枚の写真が送られてきたのだ。(本当は実際のやり取りと写真を添付したかったのですが、もうスマホの中に残っていませんでした。)

写真には、顔を寄せ合う先輩や友人たちが写っていた。Snowの加工で皆可愛く写っていて、それはいいとしても、問題は先輩たちの背後のお堂のようなところに浮かぶ無数のエフェクトだった。だいたい5つ以上はあっただろうか。(これもこの時私が写真を保存しなかったため今はもう確認することが出来ない。)

この時思い出したのが、以前このK神社で体験した不思議な出来事だった。小学6年生の春休み、つまりは中学校に上がる前の春休みの話だが、当時はだいぶ印象的だったはずのことも、何故だかこの神社の存在と共に今の今まで記憶から抜け落ちてしまっていた。

そもそもK神社は昔から幽霊が出ると密かに囁かれているようなひっそりとした寂し気な神社だが、地域のイベント事に使われたり、しばしば子供たちの遊び場所になったりとわりと身近な存在で、噂では座敷童風の着物を着た女の子の霊が出没するという話だった。

そんなK神社に、小学校の制服を脱いだばかりの私や数人の友人たちは春休みの暇な時間をなんとか潰そうと、昼過ぎから集まってゲームやらかくれんぼやらをして遊ぶ計画を立てていた。りっこやトムなど、今も付き合いのある仲良しな子たちもいたし、そこまで仲良くない派手めな女子たちや不良予備軍っぽい男子たちもいたりして、かなり混沌としたメンバーだったと思う。

 

私が通学用に新しく買った自転車を漕いでK神社に到着した時にはまだ全然人が集まっていなくて、お堂の屋根の下にぼんやりと一つの人影が見えるだけだった。近づいて目を凝らしてみたところ、暇を持て余したようにゲーム機をいじるトムの姿があった。

噂では、このお堂に何かしらのいわくがあるらしい。建物の構造的にも少し違和感があり、歴史の教科書で見るような高床式倉庫の豪華バージョンといった感じで、閑散とした神社のイメージとは裏腹にそこだけピカピカとやけに豪華なのだ。小さな小屋のようなお堂の中はおそらく空洞になっており、謎に光が漏れているのだが、入り口のようなものは無く中を覗こうとしても外からはちょうど見えない造りになっている。

そして、そのお堂がK神社の中心にドンと建てられている状態だ。

私に気づいたトムは顔を上げて、「中学でも今の塾続けるんでしょ」といきなり尋ねてきたから、「トムこそ、もっと進学塾みたいなところに移らないの」と逆に聞き返したのを覚えている。トムは俯きがちにゲーム機を閉じて、「行かないよ」と呟いた。

 

余談だが、トムという名前は漢字で書くと「十夢」になる。言うまでもなく、夏目漱石夢十夜からきているのだ。本人は今でもこの名前を嫌っているが、私はいい名前だと思う。

 

同級生の中でもとびきり頭が良くて、誰もが私立の中学を受験するのだろうと思っていたトムが皆と同じ地元の公立中学に進むと決めた時は驚いたが、この時は特にトムの様子がおかしかったような気がする。

「何のために(地元の中高一貫進学校の名前)受験しなかったと思ってるの」

何故か、今日はやけにトムがよく喋るなあ、と感心しながら「知ってるよ、好きなんでしょ」と訊ねた私もちょっとどうかしていたと思う。今なら絶対に自分からこの話題に突っ込んだりしない、単純に頭のいいトムとの口論は疲れるからだ。

トムはそれから何も言わず、黙って目を伏せた。

無駄に意味深なやり取りではあるが、つまりはそういうことだ。おそらく、トムはりっこのことを好きなのだ。私が今の塾を続ける+私とりっこはニコイチ=りっこも今の塾を続ける……という解釈で合っていると思う。

 

しばらくして、他の同級生たちも続々とK神社にやって来た。

初めに私たちはかくれんぼ(もしかしたらケイドロだったかもしれない)をしたと思う。

補足を入れると、これまでの一見どうでも良さそうなトムの色恋話は今後の展開に少し関係するので少々長めに尺をとることにした。

要約すると「トムはたぶんりっこのことが好き」ということだけ知っておいてもらえると嬉しい。

門に佇む影

突然の来訪者というのは、たとえそれが人間であろうとそうでなかろうと厄介なものだ。

私の家の外には、ちょっとした門のようなものが玄関から通路を通って階段を降りた先にある。そしてその門はダイニングの窓から様子を窺えるようになっていた。

私が小学生の時の話だ。その日は台風が通過している最中と言うこともあり天気が荒れに荒れていて、庭の木がしなるほどの暴風に加え、父がせっせと手入れをしている芝生がほぼ水に浸かってしまうほどの有様だった。当然学校も休校になり、先日の夜からこの事態を予測していた私は昼前まで自室のベッドの上で過ごし、やっと一階に降りてきた頃にはすでに朝食をとるには遅すぎる時間だった。

学校が休みになったとはいえ、英語の塾は通常通り行われるようだと仕事中の母から電話があり、とはいえ塾の時間までにはまだ時間があるからと、同じく幼稚園が休みになった妹とアニメを見ながら追加で出された学校の宿題をやっていた時だった。

突然、ピンポーン、とインターホンがなった。

うちのインターホンは玄関から離れた門の向こうからチャイムを鳴らす仕組みになっていて、加えて中からスピーカー越しに話が出来る造りになっている。とはいえ私は普段から留守番中もしインターホンが鳴っても出なくていいと母から言われていたため、来客の気配を無視しつつ、果てには宿題のことも忘れアニメに見入っていた。

しかし、それ以降もインターホンは鳴りやまなかった。数十秒おきにピンポーンと鳴り響き、仕方なく中から声をかけようと立ち上がった。何度も鳴らすあたり、向こうは中に人がいることに気付いているのだ。

スピーカーをオンにし、はーいと返事をしてみるものの、外からは吹き荒れる暴風と大雨の音しか聞こえない。ちょうど帰ったところなのだろうかとダイニングの窓から門の様子を窺ってみるが、影になった門の向こうには人影があった。門から顔が飛び出ていないから、おそらくは子供だ。

もしかして同級生の誰かが遊びに来ていたずらをしているのだろうかもと思ったが、台風の中わざわざ外を出歩くようなお馬鹿な友達はあいにく心当たりが無かった。まさかりっこ……?と一瞬例の友人の顔が脳裏をかすめたものの、りっこはいつも裏から入ってくる(家の位置からしてその方が近い)し、わざわざ大雨の日にこんなことをするのはどうも彼女らしくない。

私は自分の部屋に駆け上がって窓から門の向こうを見下ろした。やはり、謎の人影が微動だにせず佇んでいる。しかも、その周辺には黒い靄のようなものが漂っているのだ。

これはたぶん、人じゃない何かだなー……、と意外にも冷静だったのは、私が家の中という自分のフィールド内にいて、相手はその外側(しかも門の外)という明らかに境界線を隔てた場所にいたからだと思う。

雨は相変わらず止む気配すらない。それどころか雷鳴まで鳴り響いている有様だ。

カーテンの隙間から外の様子を窺っていると、突然机の上の携帯電話が鳴った。相手の名前を見ると友人のトムだった。珍しい、と思いながら電話に出ると、明らかに不機嫌そうなトムが「今どこにいる?」と聞いてきた。家だと答えると、疑わしそうに「本当に?」などと続けて聞いてくる。本当に決まっているじゃないか。こんな天気の中公園でブランコでもしていると思ったのか。と、そんなことを答えると、トムはこんなことを言ってきた。

「さっきから、家のチャイムがずっと鳴ってる。」「窓から覗いたら人影が見えたから、見に行ってみたら誰もいなかった。なのに家の中から覗くとまた人影が見える。」「こんなイタズラしそうなのは(私含める数人の同級生)くらいしかいない。」などと散々な言いようである。電話越しに、トムの家のインターホンの音が聞こえてきた。

「実はこっちも同じ」と状況を伝えつつ、ふと門に視線を戻すと、黒い人影は姿を消していた。あれ?と思いつつよく目線を凝らすと、門が僅かに開いているのが見えた。

慌てて一階に降りて様子を見に行くと、アニメが流れたままのテレビの前には、さっきまでたしかにいたはずの妹の姿が無い。

嫌な予感がして玄関に行くと、妹は靴も履かないままドアの前で立ち止まっていた。どうしたのかと声をかけると、「手が届かない」と伸ばした手は今にも鍵を開けてしまいそうだった。

私は妹に、開けなくていいよと言って中に誘導すると、ずっと鳴っていたインターホンはとうとう鳴りやんだ。それと同時に、こころなしか雨も弱まってきたようだ。

二階に放り投げたままの携帯を回収しに行くと、トムはまだ通話を続けたままだった。「いつもの裏口ってさ、どこにあるの?」と、そんなことを聞いてくるものだから、私もわけが分からなくなってしまってそのまま電話を切ってしまった。

その後、だいぶマシになった天気の中塾に向かうと、りっこやトム等馴染みの面子が自宅の庭が如何にすごいことになっていたかという話で盛り上がっていた。ところで、今日の電話の裏口の件は何だったのかとトムに直接聞いてみたが、「裏口?」と本人は首を傾げるばかりだ。急にロミーの声が聞こえなくなったから切っちゃったけど、と話すトムの言葉に嘘はなさそうだった。

自殺する霊(後)

後日、私はK兄に電話をかけてみようと思い立った。そうしたら、たまたまタイミングが合ったらしくちょうどK兄から私の携帯に着信があった。

私は結局看護師の正体はなんだったのかと聞くつもりだったのだが、K兄は残りの4つの怪談を私に教えるつもりで電話をかけたのだという。

え、いいよ。と私は断ったのだが、「遠慮するなって」とまるで聞く耳を持たない。K兄はとにかく話したくて仕方がないのだ。

例の五不思議が蔓延る病院は、K兄が今現在勤めている病院とはまるっきり異なる場所にあるわけだが、軽薄医師と親戚中で悪名の高いK兄は己の持つ全ての人脈とインターネットを駆使して、ようやく五不思議のコンプリートに漕ぎつけたらしい。

「うちの姉さん(Uちゃん)に止められて苦労したんだよ。『五不思議だか何だか知らないけど、あんた小学生の時も学校の七不思議にのめり込んで痛い目にあったでしょ、やめときなさーい』だってさ。でも気になるんだから、男のロマンは無視できんよな」

な、ロミ。と同意を求めてくるのはいいのだが、Uちゃんの物まねが妙に上手いのが気になるし、第一私に男のロマンの話をされても分からない。それに、きっとそれはK兄個人のロマンだ。Uちゃんは賢明である。ちなみにUちゃんは看護師をしていて、K兄たちの亡き父親、祖父は共に医者をしていた。彼らはいわゆる医療一家だ。

しかし、七不思議といえば私もあまりいい思い出が無い。小学校中学校、高校はさすがにないものの、どちらもお調子者の友人に誘われて検証を試みてはとんでもない結果を招いたものだ。

「それで、まずは例の看護師のことをはっきりさせねばと思いましてね」

K兄は電話の向こうで語りだした。遠くからガラガラと何かを引く音が聞こえてくる。まさか病院からかけているのか、とK兄の適当加減には呆れるばかりだが、23時を過ぎてまだ業務に励んでいることを思うとやや感服でもある。

「結論です。例の看護師は五不思議病院側の投薬ミスで亡くなった患者の親族でした」

薬?と電話越しに尋ねる。

「要するに薬の取り違え?まあ、厳密に言うと取り違えでは無いんだけど……つまり医療ミスよ医療ミス。ここはざっくりね、ざっくり」

俺薬のことはよく分かんなぁい、とおどけるK兄だが、現在の居場所が本当に病院ならあまり声を高々にしない方が賢明だろうと思われる。

「そもそも噂話も交じってるから真偽も確かじゃないしね。……それで、病院側は然るべき対応をしたわけよ。ごめんねーって。ミスは公にされなかったんだけど、親族は納得しなかったの。当り前だよな、回復間近だった家族がいきなり亡くなっちゃうんだから。でも厄介だったのがこの後、例のにせ看護師。その人の子供が当時医学部に通って……いや、研修医だったかな。とにかく子供が協力して、病院に報復しようとしたわけ。なんていうか、目には目を、ってことで病院の待合室にいる患者に無差別で危険薬物を打とうとしたらしくて。まあ、その薬自体が危険っていうか、大抵の薬物は使用量を守らなかったら危険になり得るんだけど……ううん、調べても出てこないよ。これも未遂で公にならなかったから。で、そもそも先の医療ミスがばれたくなかった病院側は全部まとめて隠しちゃうつもりだったんだけど、結局その人は病院の屋上で亡くなっちゃたんだよ。だからその霊が未だに階段でウロウロしてるんだってさ」

途中私が色々と口を挟みながらも、K兄は説明を終える。時計を見るとそろそろ日付を超えそうな時間だった。

「まあ、あくまで噂だよ。噂」

それがK兄なりの保険であるらしい。

「それでちょっと思ったんだけどさ。ていうか俺気づいちゃった」

何を?と続きを促したところで、K兄の声が聞こえなくなる。携帯を手で押さえて誰かと会話しているようだ。

「ごめんロミ。K兄呼び出しかかっちゃった。あとの四つはまた今度な。またそっちに遊びに行く」

私が何か言うよりも先に、通話は終了されてしまう。

後日、K兄からこんな内容のラインが届いた。

 

 

この前言い忘れたことです。あの話誰に聞いたかっていうと、なんとうちの姉です。姉の知り合いの看護師のさらに知り合いの看護師がその病院に勤めていたようです。渋りながらも結局教えてくれました。

それと、俺が気づいたこと。例の看護師の子供。●●さんっていう俺が通ってた大学の先輩です。けっこう綺麗な人です。図書館でたまに見かけてました。その人たぶん今もどこかの病院で普通に働いてます。俺がひよっこの時呼ばれた飲み会で見かけたことがあります。ご参考までに。

自殺する霊(前)

医者をしている親戚から聞いた話。この人の名前を仮にK兄としておく。

K兄は現在東京の郊外にある総合病院に勤めていて、K兄が医者になった理由というのがまた風変りだった。

何でも、病院の屋上でそよ風に吹かれながら一人のんびりとお弁当を食べたかったのだそうだ。しかもただのビルとかではだめで、あくまで病院が良かったらしい。

しかし実際はそんなのドラマや漫画の中だけの世界で、現実にはそもそも普段から屋上が解放されているということ自体がファンタジーらしい。

K兄の病院もまた、屋上へと繋がる扉には厳重に鍵がかけられているそうだ。研修医(もしくは実習?)期間に早速忍び込んでみたものの、見事に撃沈したのだとK兄は愉快そうに話してくれた。

K兄がおかしなものと出会ったのは、まさにその時だった。

「なーんだ、開いてないじゃん」とK兄が独り言を言ったかどうかは分からないが、屋上に行けないのなら俺がここにいる意味は無いなあ、と足早に階段を駆け降りていたところ、下から看護師らしき女性がゆっくりと手すりに摑まりながら上って来たという。

あら、もしかしてこの人も屋上に用があったのかな、とK兄は立ち止まって声をかけようとしたが、女性から漂う只ならぬ雰囲気にさすがのK兄もついストップがかかってしまった。これはやばい、と本能的に感じたという。

女性は見た目からしてまともな看護師には見えなかった。長い黒髪は四方八方ぼさぼさに広がっていて、少し風が吹けば地面に跪きそうなほど動きが弱弱しい。俯いた顔からは何か透明な液体が垂れているが、それが涙か唾液かは分からない。しかしその糸の引き具合からおそらく唾液なのだろうとK兄は思った。

女性は何やらぶつぶつ呟いていた。どうして、とか言っていただろうか。薬がどうとかも言っていたような気がする。

しかし、それが一体何を伝えているのかはK兄には分からなかった。何かの宗教だろうか、それなら極力触れない方がいい、とその場から立ち去ろうとしたところ、女性はいきなり顔を上げ、K兄の方をのっそりと虚ろに見つめた。

お注射打ちますね

女性の口から出された抑揚のない平坦な声に、何よりその内容に、K兄は危うく叫びだしそうになった。逃げるべきか、立ち向かうべきか、いろんな選択肢がK兄の脳内を巡って、やっとのことで「自分で打てます」とだけ怒鳴りつけ、転がるようにして階段を駆け下りたそうだ。

 

「その人生きてるの」と私が聞くと、「待て待て、その話はこれから」とK兄は大きく頭を振る。

後日、K兄はその病院で長く勤める医師に階段での出来事を話した。何でそんなところに行ったんだ、という疑問は曖昧に受け流しつつ、K兄は例の看護師の話を聞き出した。

結論から言うと、その看護師は生きた人間ではない。K兄が会ったのは霊の類のものだったのだ。

何年か前に、ある女性が屋上で首を吊って亡くなった。その頃も屋上には今と同じように鍵がかかっていたものの、何らかの道具を使って扉を少しずつこじ開けた跡があったのだという。

「七不思議って、あるでしょ」

ベテラン医師は何でもないような顔で話す。

「ここにもね、あるんだよ。七つじゃなくて五つなんだけど」

曰く、屋上へ続く階段に現れる女性看護師の霊は通称「自殺する霊」として、病院五不思議の一つとして猛威を振るっているというのだ。女性が屋上で死んで以来、変わり果てた姿で階段を這い上る女性の霊を目撃する人が稀に現れるが、そいつは決まって階段と屋上を徘徊するだけだから、今のところ特に目立った問題はない。

まあ……、ベテラン医師はやれやれと首を振った。

ため息とも嘲笑ともとれる微妙な息遣いだった。

「その人別に看護師とかじゃなかったんだけどね」

はあ。と若干疑問形になりながらも、K兄は頷いた。納得したというより、これ以上聞いたところで自分には理解できないと悟ったのだ。

「病院で死を演出しないでほしいよね」と最後に医者は言った。