ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

海のお姉さん(前)

私がまだ幼稚園の頃、夏休みの最中田舎にある母方の祖母の家で過ごしていた時に起こった話。その時は、例の親戚のお兄さん(今はともかく当時は本当にお兄さん)であるK兄が東京から遊びに来ていて、昼食後私を連れて近所の海へと連れて行ってくれていた。

まだ小さかった私の手を握って歩いてくれるのはいいのだが、何故だかK兄の姉であるUちゃんの白いフリルのついた日傘をさしながら歩くものだから、道行く人たちの微笑ましい視線を浴びる私は少しだけ恥ずかしかったのを覚えている。

 

海のすぐそばには小さな公園がある。ブランコと、鉄棒と、あとはタイヤの遊具なんかがあったと思う。あとはタツノオトシゴみたいな見た目をしたシーソーもあった。

近くに子供が少ないこともあって、この公園で誰か別の人間と八合うことはまずなかった。

K兄はブランコに乗った私の背中を押し、大声で「アルプスの少女ハイジ」を歌うのだ。ひとしきり歌って満足した後は、一人でハイジの物まねを始めてしまう。それが絶妙に上手くて面白かった私は、ブランコで風をきりながら大笑いしたものだった。

 

子供の帰りを促す田舎特有の放送が鳴った後も、私たちは祖母の家に帰らなかった。K兄は晩御飯にさえ間に合えばいつまで遊んでもいいというタイプだし、私はいざ叱られても大人のK兄に任せておけばいいと考えていた。

K兄は「せっかくだから海まで行こう」と誘って、私たちは道路から堤防を乗り越えて砂浜まで下りて行った。リゾート地とかでは全然ない普通の海なので、至る所にゴミや発泡スチロールの塊などが散乱していて決して綺麗だとは言えないのだが、それでも夕方にちょっと遊びに来る程度には丁度いい場所だった。

クロックスを履いていたK兄はさっさと海を目掛けて走って行ってしまうのだが、あいにく靴下に運動靴を履いていた私はしゃがみ込んだままもたもたと奮闘していた。

 

しかし、遠巻きに「早く来いよー」などと叫んでいたK兄の声が突然ふっと消え、不安になった私はちゃんとそこにK兄がいるか確かめるため顔を上げた。

 

K兄の隣には知らないおねえさんが立っていた。

 

私の視線に気づいたK兄が手を振る。ちょうど靴を脱ぎ終わった私は、一目散にK兄たちのもとへ急いだ。

不思議なことに、この時会ったおねえさんがどんな顔をしていたかとか、どんな服を着ていたか、今となっては全く覚えていない。

 

「あなたの娘さん?」澄んだか細い声でおねえさんは訊ねる。人の記憶は聴覚から徐々に失われていくというが、奇妙なことにその人の声だけはしっかりと覚えていた。

「従姉の子です」

K兄は私の頭に手を置きながら答える。

「あなた、この辺の人じゃないでしょう」

言い当てられたK兄は、少し驚いたような顔で「普段は東京に住んでるんです。今はたまたまこっちに」と言った。

 

ちなみにこの時のことを覚えているかと本人に聞くと、「もちろん覚えてる」そうだ。女性が苦手なものだからだいぶ緊張したことの他に、いきなり背後から現れて怖かった旨を力説していた。私たちが海に向かった時砂浜には誰もいなかったはずだから変だとは思ったけれど(おそらくはK兄もそう思ったのだろうけれど)、今更K兄の話に突っ込む必要もない。その日その時砂浜にお姉さんがいたのは事実なのだから。

 

続けてお姉さんは、「しかもあなたは人をよく知っている」と言った。

私は何のことかよく分からなかったが、K兄は「ちょっと医療的なものを……」と苦笑しつつ答えた。人を知るとはそういうことだったらしい。医者(この時はまだ学生?)だと言えばいいのに、と思ったがK兄はどうやら言いたくないらしい。

「お名前は?」

おねえさんは、今度は私に向かって訊ねる。

私の代わりにK兄は、「ロミちゃんだよな」と言い私の本名は教えなかった。

「向こうでお城作ってたのよ」

おねえさんが指さす先には、作りかけの立派な砂のお城があった。うわあ、と私が感嘆すると、「一緒につくる?」と誘ってくれる。

K兄は何か言いたげだったが、私はおねえさんに続いて海から砂浜に上がっていた。

 

ここで初めて、私は海から出したおねえさんの足が不安定に見えたり透けたりしていることに気づいた。