ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

ハイヒールの女

山に纏わる怖い話にありがちなものと言えば、「今さっきすれ違ったばかりの人がまた前方から現れる」というものがあります。一瞬見間違いかな、と思うんです。登山の装備ってだいたい皆似ているし、普通すれ違う人の顔なんてよく見てないですから。

それで、私も山岳部時代にそんな経験をしたことがあって、暑かった記憶があるからたぶん夏休みに登った日本アルプスのどこかの山でのことだと思います。

登山中のマナーとして登山者同士の挨拶は基本ですが、夏休み中の大きな山には当然キャンプ目的でやって来る人も多いわけです。そこでうっかり普通のキャンプ客に挨拶をしてしまうと、たいてい驚かれるんですよ。というか戸惑われます。

そこで顧問が教えてくれたのが、「まず足元を見て判断しろ」というものでした。登山目的で来ている人は皆ごつごつした登山靴を履いていて、そうでない人はスニーカーやサンダルなんかを履いているから、とのことでした。

それから私たちはしばらくの間、すれ違う人の足元ばかり見ながら歩いていました。しばらくして副顧問に「ちゃんと前を見て歩け」と釘を刺されましたが、普段部員たちから若干舐められている節のある副顧問の言うことは皆あまり聞く耳を持ちません。

「ねえ、あの人ハイヒール履いてるんだけど」

下山途中、心身ともに疲弊している頃でした。

前方の友人が私に向かってそっと囁き、私は友人の視線の先を見つめました。

たしかに、その女性はハイヒールを履いていました。赤いハイヒール。

カツカツ、オフィスの廊下を颯爽と通り抜けるような、そんな感じ。

挨拶の必要は無いな、と思いながら私たちはそのままハイヒールの女性とすれ違いました。

しかし、異変に気が付いたのはそのすぐ後でした。

またあの赤いハイヒールが現れたのです。

カツカツ、カツカツと。

思えば、どうして土の上でこんなにカツカツ音がするのでしょう。普通、ザクザクとかじゃないでしょうか。

「Sさん」

後ろで部長がS先輩に話しかけているのが聞こえました。他の部員はどうか分かりませんが、少なくとも部長とS先輩は気づいたようでした。

その後も、だいたい五,六回でしょうか。何度も何度も、私たちは赤いハイヒールの女とすれ違いました。毎回毎回、カツカツと爽快な音を立てて。

結局、私たちはその女の顔を見ることが出来ませんでした。もしも顔を上げて、女と目が合ったら……と想像すると何だか怖くなってしまったのです。

私たちが山から下り、キャンプ場に到着する手前になると、赤いハイヒールの女は現れなくなりました。あの女の出没地帯はあくまで登山口の向こうだけのようです。

 

開いている平地に男女別々にテントを張り、張り終わると私たちは夕食の準備に取り掛かりました。米を炊くのが異様に上手い部長は無心で米の世話をし続け、その他はそれぞれ何かやることを見つけ作業を進め、夕食は着々と出来上がっていきました。

輪を作って全員が集まり、出来た料理を器に盛っている途中、顧問の提案で「今度富士山に登ってみないか」という話になりました。

しかし部長は、「富士山って登山客のマナーが悪くてゴミもすごいって言うじゃないですか。ヒールとか薄着で登る人とかもいるとか聞きますよ。俺同類だと思われたくないですから」

「ヒールで山に登る人って何考えてるんでしょうねぇ」

S先輩がご飯をよそいながらさりげなく尋ねました。

「さあ、でも今日の人は荷物も何も持ってなかったんだろ。それに、自分の格好にも気が回らないってどういう心境でここまで来たんだろうな」

これは、副顧問の言葉。

「変なこと言わないでくださいよ」

友人が呟くと同時に、その場に気まずい沈黙が訪れました。副顧問は何が何だか分かってないようでしたが、部長は咄嗟に「ごめん」と呟き、続けてS先輩も「ごめんね」とポツリと言いました。ははは、とその空気を楽しむ顧問も、きっと今日の異変には気が付いていたのでしょう。