異世界に行きたいりっこ
りっこは都市伝説だとか、怪談だとか、そういうオカルト的なお話が大好きだ。りっこと私は幼稚園の頃から親交があるが、お互い大学生になった今でもそれは変わらない。たいてい意志の弱い私がりっこに連れられ、心霊体験に巻き込まれたりいわく付きの場所などに連れていかれたりするのだ。
しかし、今回は少し状況が違った。
りっこはある金曜日、真昼間から私に電話を寄こしてきた。私は現在時間割の都合上、金曜日に授業が無いため電話に出ることが出来たのだが、私はそれをりっこに伝えた覚えがなかった。
変だな、と思いながらも、もしかしたら無意識に言っていたのかもしれないと私は特別気にすることも無く携帯を耳に当てた。
「あ、もしもしロミ」りっこの興奮した声が聞こえた。
どうしたの、と私が言うよりも先に、りっこは「異世界に来ちゃった」と嬉しそうに話し出した。
は、異世界。と怪訝に思ったものの、とりあえず私は続きを促す。
「ねえ、小学生の時にさ、異世界に行く方法って流行ったの覚えてない?」
そういえば、そんなこともあっただろうか。
たしか白い画用紙と赤い口紅か何かを使うのではなかったか。白い画用紙に大きく魔法陣やら六角形を描いて、真中に「異世界行き」と黒いマジックで切符のように書く。そしてそれを枕の下に敷いて寝ると、朝目覚めた時には異世界にいるというのだ。
異世界とはいっても、どこか微妙に現実と比べ違和感があるという程度で、あからさまにドラゴンが飛び交ったり魔法が使えるという話ではなかった気がするが。
ただ、その赤い口紅というのに自分の血を少量混ぜなければならないとかいう条件付きで、当時やろうとする子供も気が引けるのかなかなか現れなかったのだ。
それを今になって?と甚だ疑問ではあるが、りっこならやりかねないなとも思った。
「それで、何で異世界だって分かったの?」
「紙がなくなってたの!」
りっこは今にも駆け出しそうなくらい声に熱がこもっていた。
そうだ、たしか起きた時に紙がなくなっていれば成功なのだ。
けれど、帰りの切符はどうするのだったか。行くときに帰りの分も用意しておかなければならないのではなかったか。
私はその旨を電話越しのりっこに伝えようと、「ねえりっこ」と声をかけた。
しかしりっこは「ごめん!弟が呼んでる」とだけ言い残すと、嵐のような電話はぷつんと切れてしまった。切れる時に、遠くで「おねえちゃん」と男の子の声が聞こえた。
これはまずい、と焦りで心臓が高鳴り全身が熱を帯びるのを感じる。
私はもう一度りっこに電話をかけた。
しばらく出ないかも、と不安になったのもつかの間、「はぁい?」と間の抜けたりっこの声する。
「ちょっとりっこ、帰りの切符はあるの」と切羽詰まったこちらとは裏腹に、「私定期通だけど」とまるで話がかみ合わない。
私は今のりっことのやり取りを本人に伝えた。話終わった後に冗談だと笑われることも覚悟していたが、何せ話が進まないので仕方がない。
「それ私じゃないよ」
りっこは不審そうにこたえた。
電話の向こうからざわざわと人の声が聞こえてくる。
「今大学だし、それに私兄しかいないじゃん」
その言葉で、私はふと我に返った。狐につままれたかのように、自分が今まで何をしていたのか急に自信が持てなくなった。
「大丈夫?」本当に心配そうなりっこに私は「うん」とも「ああ」ともつかない微妙な返事をした。
「だいたいロミ、大学生になってまで遊びに自分の血使うとかありえないでしょ」
呆れたように笑うりっこに一通り謝った後、私はそろそろと電話を切った。
違う世界線の、りっこからの電話ってことかな。と、しばらくぼんやりとそんなことを考えていた。