ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

行ってはいけない教室②(異変)

部活が終わり東棟から出ると、大きな石の柱にもたれかかって理科の問題集を広げるトムの姿があった。立ったまま問題を解く人なんて初めて見たな、と感銘を受けながら、「おまたせ」とりっこ共々駆け寄る。

「俺、半までには学校出る。塾に遅刻するから」

と、やはり根が真面目の優等生はカバンに問題集とシャーペンを押し込む。

 

別館の裏口付近に到着すると、今朝話していた廊下へと繋がる窓があった。

やや興奮気味に窓に手をかけるが、聞こえてきたのは「あれ?」というりっこのすっとぼけた声だった。

「開かない」

その一言で一気に全身の意欲と活力がそぎ落とされたのを覚えている。

「見回りの先生に閉められたんじゃない?」

「そういえば今日の放送池永だった」

池永は生徒指導の先生の名前だ。常にアディダスのジャージで、木刀ではなく拡声器を持ち歩く風変りな先生。よく怒るし、怒ると怖い。放課後の放送も兼ねる先生内の日直は今日がたまたま池永の番だったらしく、その池永の手によって戸締りの際に鍵を閉められてしまったらしい。

「仕方ない、帰ろ」

すぐに見切りを付けたトムとは裏腹に、りっこは「待って」とトムと私を呼び止める。

「開いてる」

「今開かないって」

「そうじゃなくて、こっち」

りっこが裏口の扉のドアノブを捻ると、にい、と音を立てて扉がゆっくりとこちら側に迫って来る。

「開いてるじゃん」

「ちょっと誰、鍵開いてないとか気取ってたのは」

りっこに睨みつけられたトムは(というより睨まれ慣れたトムは)さっとりっこを無視して別館の内部へと入って行ってしまった。

「電気はつけないほうがいいね」とトムは先を行くが、私はりっこの後ろに張り付いてそろそろと中へ足を踏み入れる。意外に肝が据わっているトムと、世の中の全てが楽しくて仕方ないといったタイプのりっこがたかだか別館の暗がりを怖がるわけもなく、何故か至って普通の反応をしている私が空気読めない、みたいになってるのがどうにもいたたまれなかった。

「あ、ねえロミ。この扉半分開けとかない?」

「何で?先生に気づかれたらどうするの」

「そうだけど」りっこは私の制止も聞かず扉を半分まで開き、扉が動かないようたまたま外に転がっていたバケツを置いた。

「よくあるホラーゲームのお決まりみたいにさ、扉が開かなくなって私たちでデスゲームすることになったら嫌でしょ?」

しないでしょ、とは思ったがりっこの顔と声音は真面目だ。

これが他の友人なら呆れかえっただろうが、りっこだから仕方ない。

おーい、と階段の方からトムの、いつまでたっても姿を現さない私たちを呼ぶ声が聞こえた。

 

三階へと続く階段の前には、噂通りの厳重なバリケードが敷かれていた。

ただ厳重にとはいえ乗り越えられないほどではない。教員用のテーブルが板を合わせるように重ねられ、それが二つ横に並べられている。足元に分厚い板が敷かれ、足がすり抜けないタイプの机だから、これだけでかなり圧迫感がある。机の向こうの階段には三角コーンや古い教科書の束なんかが散乱していて、一見障害物競争よりも質が悪い。

「上の机を滑らせて動かせば隙間から乗り越えられる」

当り前のようにトムが言うと、あっという間に人が通れる隙間を開き階段に着地する。三角コーンが倒れる音が薄暗い廊下にカン、と響いた。

「この間先輩が階段から100万のチューバ落っことしてへこんでたよね」

りっこのどうでもいい雑談に、「どっちが?」とトムが冷静に聞き返す。

 

階段をのぼり、入ってはいけない教室があるフロアに辿り着くと、どういうわけか生暖かい風が吹き抜けた。

向かいの窓が不自然に開いている。

それもほんの少しだけ。

「もしかして誰かいる?」

「いても何のために窓なんか開けるの。下の机も動いてなかったし」

トムは教室の方へと続く曲がり角からそっと顔を左に覗かせた。

「昔は理科室だったんだね」

トムの指先には、理科室と書かれたプレートがあった。

「何で理科室?」

トムとりっこが躊躇わず理科室に近づいていくのを、私は少し遅れ気味に腰をかがめながら二人の後をついて行った。

ドアの透明になったところから中を覗き込む二人に続いてつま先を立てようとすると、「ロミー待って」とトムに遮られる。

「しゃがんで」とりっこの指示に従って、私たちは一つの玉になったように一斉にその場にしゃがみ込んだ。