ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

行ってはいけない教室③(怪異)

緊迫した雰囲気の二人の肩の間に顔を覗かせて、私は「何かあった?」と訊ねる。

黙ったままの二人を疑問に思いながらも、私はそっと膝から立ち上がり、下から乗り上げるようにして中の様子を覗き込んだ。

二人が何を見たのかはすぐに分かった。

埃っぽい、長い間使われていなかったことが容易に分かるような教室の後方部には、ビーカーやらフラスコやらが並べられた棚がいくつか縦に並んでいて、その隙間に、黒い靄みたいなものが脈打つように蠢いている。雨雲のようなそれは、一度見た限りでは見間違いとも、光の錯覚ともとれるような曖昧なものだった。

しかし、私は何故だかそれに魅入られたようにじっと黒い何かを見ていた。足元で二人が私の手を引いていることすら煩わしかった。

何度か瞬きを重ねると、塊はだんだんはっきりと視覚化するようになり、駄目だと思うほど瞬きの回数は増え、間隔も狭くなっていった。

そして、ついに手足のようなものが見え始めた。それどころか、輪郭らしき影も見える。

男か女かも分からない、だんだんと人間の形に近づいてくるそれは、目も口もないのっぺらぼうのような顔をこちらに向け、じっと様子を窺っているようだった。

「行こう」

制服の袖を掴まれて、私は我に返った。私の背後でトムとりっこが立ち上がっていることにも気づいた。うん、と私は返事をする。

何気なくトムは教室の中に視線を向け、信じられない、といった面持ちで僅かに息をのむ音を立てた。トムの様子を見て、私とりっこも振り返る。

男女の区別はつかないと言ったが、それは間違いだった。

女だ。

女が私たちの方に身体を向け、その体はどんどん大きくなっていく。

近づいてきている。

りっこの悲鳴に急き立てられるように、私たちは無我夢中で階段まで引き返した。また、窓から入る生暖かい風が頬を撫でた。

角を曲がる際に教室を振り返ると、パーツのない黒い顔が、透明のガラスに張り付くようにして私の方を見ていた。

 

転がるように、私、りっこ、トムの順番で階段のバリケードを乗り越え、ずれた机の位置を戻すこともせずに元来た裏口へ急いだ。外のぼんやりとした光が、りっこがつくった隙間から漏れているのが見えた。

私は扉を押さえておいたバケツを蹴飛ばしながらも何とか外へ逃げ出し、続けて二人も息を切らしながら飛び出てきた。最後に出てきたトムが、ギッと音を立てて思い切り扉を閉める。私たちはお互いの無事を確かめるように顔を見合わせた。

転がったバケツからは落ち葉や木の枝が浮いた汚い水が地面に流れ、底には真黒く腐った木の札が沈んでいた。

 

帰り際、「もう帰ろうかな」と塾を諦めたらしいトムがぽつりと呟いた。

「最初はやる気だったくせに。一人で先に行っちゃってさ、早く来ーいって張り切っちゃって」

「そんなこと言ってない」

「そりゃ来いとは言ってないけど、私たちがもたもたしてたから階段から呼んだでしょ」

りっこはトムをからかうが、トムは怪訝そうに眉をひそめたまま「呼んでないけど」と首を傾げる。

まあ、どっちかの勘違いだよ。と例の教室の存在が後ろ髪を引いたのか、トムはつい、といったふうに別棟を振り向いた。そしてすぐに、何かを後悔したように顔を覆って項垂れてしまう。

見るべきでないのは分っていたものの、私とりっこもつい背後に視線を向けてしまった。理科室の窓の中は外よりも少し暗く、その中には明らかに濃い影が浮かんでゆらゆらと揺れていた。揺れる、いや、手を振っている。

それに気づいた途端、私たちは何も言わず駆け出した。自転車を取りに本校舎の表まで回ると、いつかの噂の対象であった池永が不審そうに私たちを見て歩いてくるのが見えた。

「早く帰れよー」とわざとらしく低い声に妙な安心感があって、そこでやっとこちら側に戻って来たのだと確信できたのを覚えている。