金縛りの家系①
「昨日金縛りにあってなあ」と祖父が話し出したのは、私やいとこの家が一同に集まった盆の日の夜だった。また始まった、と従弟のA君が部屋の隅で漫画を広げているのが視界に入ったが、特にすることも無かった私は枝豆の残りをつまみながらひとまず祖父の話を聞いてやることにしたのだ。
父方の祖父母の家は一昨年建て替えたばかりの新築で、それまでは隣にあった祖父が経営している日本料理店の二階を住居にしていた。店に住んでいたころも心霊体験は度々聞かされていたが(何よりそこで育った父から散々話を聞いていた)、家を建てたところで改善が見られなかったことからして、原因は建物ではなく土地自体か家系にあるのは明らかだった。
祖父は、いつものように二階の布団で眠っていたらしい。しかし、寝る前に林檎ジュースを飲みすぎたからか、猛烈な尿意で目が覚めてしまったのだという。
「もしかしたら小豆バーを二個食べたからかもしれん」と祖父が脱線すると、「いいから続き」とA君が促す。
トイレに行きたいのに、体が動かないんだ。縄で縛られたみたいにな、と祖父は手を体の横に這わせてピンと伸びた仕草をする。
「そしたら耳元で急に、おっぱいアイスがいい……って子供が囁いたんだ」
その言葉で、真剣に聞いていた祖母や従妹もくだらない、といった表情になる。ただオチにおっぱいアイスが言いたかっただけじゃないか、と。
「だけど金縛りは本当にあったんだ」
もはや祖父の言葉など誰も聞いていない。
「そういえば、俺も昔自分の部屋で金縛りにあったことがある」
懲りもせず、次に声を上げたのは私の父だった。
「高校の時だったかな?布団で寝てたら急に全身が動かなくなって、周りを誰かが走り回ってる音がするんだ。着物を擦る音がしたから、あれはたぶん座敷童だな」
「それ私もあったよ。中学の時。赤い着物でしょう」
A君の母、私の父の妹が話に乗っかった。
「いやあ、色までは見てないけど」
「あれ、でもたしかおばさんこういう話苦手だったよね」と私がつっこむと、「座敷童はいい妖怪でしょ、商売の味方だから」だそうだ。
「なら何でうちは儲からないのかねぇ」と祖母が呟いたことで、皆の笑いの中この話は幕を閉じた。
だいたい、と近所のコンビニへ買い出しに行った帰り、ジュースとお菓子を詰めた袋を振り回しながらA君は言う。
「金縛りなんて最近じゃ怪談のネタにもならないよ。脳は起きて体が眠ってるとかいう話でしょ。科学的に証明する人が多すぎてその手の心霊番組もやりづらいだろうね」
ロミちゃんもそう思わない、と話しかけてくれるのはいいのだが、年頃なこともあって普段あまり喋らないA君が、この日ばかりはお喋りなのが少し気になった。
「何か今日はよく喋るね」
「なんかあった?」と尋ねると、少しだけ沈黙が訪れる。
「金縛り、なったことある?」
一応、と返すと、「俺も」と呟くようにA君はこたえる。
「ちょっと聞いてくれない。たいした話じゃないけど」
物静かなA君が妙に饒舌なのは、その話とやらをしたかったかららしい。
それから、A君は非科学的な金縛りの話を始めた。