ロミーの怪談日記

路美子(ロミー)と申します。大学在学中。半創半実(半分創作半分実話)の怪談集です。実体験をはじめ、人から聞いた話や身近に起こった話など。

ハズレ椅子

大学生にもなると、高校まで使っていた教室のあの木机が無性に恋しくなることがたまに無くもない。中学はともかく、高校は上の学年が教室に置き去りにしていったものを譲り受けるスタイルだったから、三年間のうちで一回ぐらいはぐらぐらぐらつくハズレ椅子に当たることがあった、と話すのは私の友人Mである。名を幕人という。幕府の人でマクヒトだ。

彼と同じ高校に通っていた私にも彼の言っていることは分かるものの、幸運にも私は一度もそのハズレ椅子とやらに当たったことが無い。そう言ってやると、幕人は露骨に悔しがるのだった。

俺なんかハズレ椅子のせいで怖い目にあったことがある。不貞腐れたような顔をする幕人は、こんな話をしてくれた。

 

2年に上がって間もないころ、幕人は惜しくもハズレ椅子を引いてしまった。4本足のうち手前の右側だけが若干浮いていて、ノートに何かものを書くたびにがたっとぐらついて、それがストレスで仕方が無かったらしい。

先生に言えば別のものと取り換えてもらえるのだが、替えの机が手に入るのに一週間くらいかかると言われ、そんなに我慢できるかと一人絶望した幕人はその日の放課後自分で何とか修理できないかと誰もいなくなった教室でせっせと机の脚と向き合うことに決めた。

綿密にカットした木片を机の脚の下に挟み、それを透けたマスキングテープで脚に固定したところ、多少のぐらつきは残るもののまあ我慢できないこともない程には改善された。

滅多に発揮しない集中力で疲弊した幕人は床に座り込み、ぼーっと放心状態でいつもより低い目線から教室中を見渡した。その高さからは丁度みんなの机の中がよく見えるらしく、教科書や参考書を詰め込んだ汚い机も、綺麗に整頓された斜め前の席の可愛い女子の机も全部丸見えだった。普段あまり見ることのない景色を見れることが面白く、幕人はその姿勢のまま身体をスライドさせるように横へ滑らせた。

元の位置から二回ほど移動したところで、目の前の机の中の何かと目が合う感じがしたらしく、幕人ははっとしてそのまま息をひそめた。

その机は幕人の友人のもので、けっして綺麗とは言えないもののごく普通に教科書類が詰め込まれた状態だった。それなのに、どういうわけか何かと目が合う感覚がいつまでたっても拭えないのだ。気のせいじゃない、そう確信した幕人は背後を振り向いた。

直感で、視線の主は前方では無く後方にあると思ったのだそうだ。鏡に映った背後の人間の目線を視覚で捉えるような感覚に近い。

振り返ると、幕人の後ろには女子生徒が立っていた。伸ばしっぱなしの黒髪を垂らし、肌の色は白い。顔はよく覚えていないものの、虚ろながらも鋭い眼光をしていたことは印象深く残っている。しかし、いくら思い出そうとしてもその女子生徒の名前を思い出せない。それどころか、これまでに廊下や教室で見かけた記憶すらない。

女子生徒は「(幕人の苗字)」と平坦な声で、幕人の胸元の名札を読み上げるようにして呟いた。幕人が名札を両手で隠した途端、女子生徒はすっと腰をかがめてその場に座り込もうとした。

幕人は反射的に女子生徒の姿が現れるであろう机の下に視線を向けたが、いつまでたっても女子生徒は現れなかった。それどころか、そこにあったはずの足すら存在しない。何もない。

机の天板の上から下に女子生徒の頭が消えるのを見届け、幕人は転がるように教室から出て行った。翌日、教室の鍵をかけ忘れたことで先生からお叱りを受けたのは言うまでもない。

後日、幕人が視線を感じた机の持ち主と話していると、その友人もまたハズレ椅子に当たったことを残念そうにぼやいていたという。

 

あれ実はお前だったんじゃないの、と幕人はおどけるが、あいにく私にはわざわざ遠い教室まで訊ねて幕人に会いに行くというような馬鹿げた趣味は無い。